兎夢のつれづれ日記

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zoom RSS 『論語と算盤』

<<   作成日時 : 2017/06/17 22:53   >>

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『論語と算盤』 渋沢 栄一 角川ソフィア文庫
先月のやさしい論語につづいて今月も論語関係でと本書を選んだ。

大事は大切にするが小事は軽視する風潮に対して渋沢氏は言う

…… 始めは些細な事業であると思ったことが、一歩一歩に進んで大弊害を醸す
に至ることもあれば、これがため一身一家の幸福となるに至ることもある。これらはすべ
て小が積んで大となるのである。人の不親切とかわがままとかいうことも、小が積んで次
第に大となるもので、積もり積もれば政治家は政治界に悪影響を及ぼし、実業家は実業上
に不成績を来し、教育家はその子弟を誤るようになる。されば小事必ずしも小でない。世
の中に大事とか小事とかいうものはない道理、大事小事の別を立ててとやかくいうのは、
畢竟君子の道であるまいと余は判断するのである。ゆえに大事たると小事たるとの別な
く、およそ事に当たっては同一の態度、同一の思慮をもって、これを処理するようにした
いものである。

小事だからと言って、手を抜いていると、後で痛い目にあう。手を抜かずにきちんと見きわめて対応していく必要があるという。

青年と老年については、こう言う

近頃は青年青年といって、青年説が大変に多い。青年が大事だ、青年に注意しなければならぬ
というは、私も同意するが、私は自分の位置から言うと、青年も大事であるけれども、老
年もまた大切であると思う。青年とばかり言って、老人はどうでも宜いと言うは、考え違
いではないか。かつて他の会合の時にも言ったが、自分は文明の老人たることを希望する。
果たして自分が文明の老人か野蛮の老人か、世評はどうであるか知らぬが、自分では文明
の老人のつもりであるが、諸君が見たらあるいは野蛮の老人かもしれぬ。しかしよくよく
考察すると、私の青年の時分に比較してみると、青年の事務につく年齢が頗る遅いと思う。
例えば朝の日の出方がよほど遅くなっている。そうして早く老衰して引き込むと、その活
動の時間が大層少なくなってしまう。試みに、一人の学生が三十歳まで学問のために時を
費やすならば、少なくも七十ぐらいまでは働かねばならぬ。もし五十や五十五で老衰する
とすれば、僅かに二十年か二十五年しか働く時はない。ただし非凡なる人は、百年の仕事
を十年の間に為るかもしれぬが、多数の人に望むには、そういう例外をもってする訳には
いかない。況んや社会の事物が益々複雑して来る場合においてをや、ただし各種の学芸技
術が追々進化して来るから、幸いに博士方の新発明で、年取っても一向に衰弱せぬとか、
あるいは若い間にも満足なる知恵を持つというような馬車より自働車、自働車より飛行機
で世界を狭くするように、人間の活動を今日よりも大いに強めて、生まれ児がただちに用
立つ人となって、そうして死ぬまで活動するという工夫がつけば、これは何よりである。

この文章を書かれたのは、大正時代のはずであるが、現代にも通じるものがある。

医学の進歩と食料事情の改善により、寿命が長くなってきて、リタイアされた元気な方々が増えてきている。一方で少子化になって、大学への進学率が高くなってきているのであるから、おのずと現役で活躍する年数が短くなってしまう。

労働世代を増やすために、年金支給年齢を引き上げ、元気なうちは労働力として活躍してもらおうとしている。一方で大企業では、年功序列を廃止し、役員になる年齢を引き下げようとしていて、早期退職をうながして、第二の人生の選択を勧めている。その割に中高年にふさわしい仕事がなかなかない。

高齢化するなかでは、科学技術が目まぐるしく進歩して、モノが変わっていくので、より使い易い、操作しやすいモノを作っていく必要がある。

高等教育を受ける人材が増えることに関しても渋沢氏は述べている

…… ことに今日の時代は、
高等教育を受けた人物の供給が、過多になっておる傾きが見える。学生は一般に高等の教
育を受けて、高尚の事業に従事したいとの希望を持ってかかるから、たちまち、そこに供
給過多を生じなければ止まぬことになってしまう。学生がかくのごとき希望を懐くのは、
個人として、もちろん嘉すべき心掛けであるが、これを一般社会から観、あるいは国家的
に打算したらどうであろうか。余は必ずしも喜ぶべき現象として、迎えることはできない
ように思われる。要するに、社会は千篇一律のものではない。したがって、これに要する
人物には、いろいろの種類が必要で、高ければ一社会の社長たる人物、卑くければ使丁た
り車夫たる人物も必要である。人を使役する側の人は少数なるに反し、人に使役される人
は無限の需要がある。

需要と供給の必要度を考えずに、人物養成を行って、そのバランスを欠いている。高等教育を受けても、人に使われることを認めながら働いてもらうには、精神を穿き違えないように教育していかなければいけない。
人格ある人物を造っていかなければいけないと説く。

こうした考え方の論拠に、論語の教えが重要な役割を果たしているとうことであり、実業家、経済人としては、算盤が重要なもう一つだと渋沢氏は言っているのだろう。






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