兎夢のつれづれ日記

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zoom RSS 『パリの学生街』

<<   作成日時 : 2018/06/23 18:05   >>

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『パリの学生街 〜歩いて楽しむカルチェ・ラタン〜』 戸塚 真弓 中公文庫
パリと言われるとフランス料理か美術館。美味しいワインもと想像してしまう。

まずは、食材のカタツムリの話。カタツムリというよりエスカルゴと言った方が食材っぽいが、カタツムリのフランス語訳がエスカルゴである。

 ブルゴーニュでも、かたつむりを養殖してはいるようだが、ぶどう畑でではない。それ
に、かたつむりはフランス名物といっても、ほとんどは海外からの輸入物だ。純フランス
産が口に入ることは少ないだろう。
 かたつむりの養殖は、二千年以上も前に始まった。あの食いしん坊な古代のローマ人が
思いついたこと。そのかたつむりというのが、プチ・グリなのである。79年のヴェスヴ
ィオ火山の噴火による火山灰で埋まってしまったポンペイの町の史跡のモザイク壁画の中
に、食品がモチーフのモザイクがあり、プチ・グリも描かれている。
 かたつむりは古代のギリシャ人もおおいに食べたそうだが、それこそ、ぶどう畑で育っ
た野生のものだったのではないか。
 古代ローマきっての食通と謳われたアピシウスは料理書を残し、その中にかたつむりの
料理法を幾つかのせている。アピシウスは豪奢な宴会を主催して客をご馳走ぜめにするこ
とを生きる喜びとしていたが、そのために財産をすり減らし、ある日、これまでのような
宴会を続けられないと知ると、あっさり自殺してしまった。この話は今に至るまで有名だ。

料理したかたつむりなら、美味しそうと思えるかもしれないが、庭の植物の葉っぱにいて動いているようなのは、食欲をそそるというものではない。じめじめとした梅雨のこの季節。かたつむりより、むしろナメクジの方が沢山出没しそうである。

著者も食卓に花を飾って、食事をだそうとしたら、葉っぱにナメクジがぶら下がっていたというエピソードを書いている。

さて、次はワインの話

 エジプト人は大半がイスラム教徒であるが、コプトと呼ばれるキリスト教徒がひとにぎ
り、全人口の1割ほどいる。コプトはクレオパトラの時代の百年ぐらい後に、ナイル川に
沿った砂漠や知的な国際都市として知られたアレキサンドリアに生まれた東方キリスト教
の一派であり、コプト人は古代エジプト人の子孫ともいわれる。コプト芸術はその人たち
のものである。
 コプト派の僧は三世紀ごろから砂漠のあちこちに修道院を建てて、自給自足の苦しい生
活をした。これらの修道院の厳しい生活の規則は、後にヨーロッパの修道院の規則になっ
たという。たとえば、厳格さで鳴らしたブルゴーニュのシトー派の修道院の手本でもあ
ったのだ。アラブ世界研究所のあるサン・ベルナール河岸のサン・ベルナールというのは、
ワインの名産地のブルゴーニュ地方の沼地にシトー派の修道院を創設した聖人の名前であ
る。ブルゴーニュ産のワイン好きの私にはなじみの名前だ。シトー派の修道僧たちはブル
ゴーニュの荒地を開墾してぶどう畑にし、上等のワインを作った。現代のワイン作りの基
礎を作ったことでも知られている。そして、サン・ベルナール河岸はセーヌ川を旅してき
たワインの荷降ろしの場所であった。

 ワインなどの醸造酒は、古くから世界各地で作られている。ブドウから作ればワインであるが米からつくれば日本酒で、麦からつくればビールになる。もともと穀物を収穫して瓶に入れて保存しているうちに醗酵してアルコールができて、人を酔わせる効果がでる。自然になんどもできているうちに、次第に意識して作る方法を見つけ出して、一定の保存方法やタネになる成分を混ぜるなどの工夫をして作られるようになったものだ。

 そして、飲みやすいアルコール度数、香味、味などが調整されていくうちに最高のものが伝授されて洗練されていったものである。ワインは、特に土地に根付いた酵母菌がぶどうの表面について、醗酵するときに良い香り成分をだす。だから良い土地づくりが重要になるという。

最後は、フランスだからというわけでもないが、昔の書物

 晩秋のある日の午後、モンテベロ河岸の箱本屋で、私は一冊の古本に目を留めた。
『ボスコレアルの宝物・その銀製品と金の宝飾品』というタイトルがついたその本は、う
っすらと埃をかぶったセロファン紙に包まれていた。中味が見えない。でも、私はその本
を手に取り、わざわざコートのポケットからメガネを取り出してかけ、タイトル以外の小
さな門司に目を通した。
 美術品と古代考古品の小叢書、ルーブル美術館の学芸員A・エロン・ド・ヴィルフォス
によるルーブル美術館に保管された品の目録、アーネスト・ルルー、パリ、二十八番地ボ
ナパルト通り、1903とある。
 どうやら、ルーブル美術館に保管されているボスコレアルの宝物の目録と、その説明で
あるらしい。裏表紙を見ようとして本を裏返した時、箱本屋の主がいつの間にか私の横に
いて、セロファンをはずしましょうと言ってはがしてくれた。改めて手に取ったその本
の表紙は手触りがとてもしなやかで、本文のほうは品のよいなめらかさ。黄ばんでいるが、
いかにも上質で、古本屋がよく口にするパピエ・デュ・ジャポンという名の紙である。シ
ンプルな装幀で、飾りといったら、タイトルと著者名と出版者の名が金色の文字であるこ
とぐらい。しかも金粉はいい感じに落ちていた。背表紙の両端がすれていて、とりわけ左
手の親指があたる部分が磨滅していた。九十七歳の本えある。
 それなのに、本を開けると、初めの十数ページ分が切り開かれているだけで、後は紙が
折りたたまれた状態であり、本の天・地・小口とも紙が不揃いで波を打ち、そばかすのよ
うなしみができていた。本のサイズは日本の新書判とほぼ同じで、丈がわずかに短かい。
昔の本は、大きな一枚の紙を折りたたんで冊子にして重ね、背表紙にのりをつけて一冊の
本にしたのである。折り山はいちいちペーパーナイフで切り開く。本の好きな人はこの小
さな手仕事に、どれだけ心をときめかしたことか。知的な人たちにとって、ペーパーナイ
フは大切な道具だったのだ。昔のペーパーナイフが魅力的なのは、このためである。

ペーパーナイフなどというものがあると知ったのは、大人になってからだろうか?

封筒を開けるためというよりも、本の袋とじを切り開くためだったとは。だから、頻繁に使う人は装飾がついて使いやすいものが好まれたんだろうな。

本すら読まず、封筒を開けることもしない人が多くなった今ではめったにお目にかからないものの一つになった。
しゃれた高級文房具売り場にいくとあったりするんだろうな。

海外の観光地の、お土産品売り場でも見かけたような気がする。






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