『子どもの宇宙』
『子どもの宇宙』 河合 隼雄 岩波新書
「ひとりひとりの子どもの中にも宇宙があるという。大人になるということは、子どもたちのもつ素晴らしい宇宙の存在を忘れ去っていく過程なのではないかとさえ思う」と著者は冒頭に書いている。
子どもたちが持っている素晴らしい感性が、大人になっていくに従って、常識という大人の原理原則で狭められていってしまっているのではないだろうか?
さて、本書の第一章では「子どもと家族」をテーマに児童文学にでてくる子どもとその家族の関係について考察している。子どもが家族から離れて家出をすることによって、家族から自分というものを切り離して、ひとりの人として自立していく様子。子どもだけの大人には内緒の秘密を持つことによってアイデンティティを持つようになっていく様子などについて解説されている。子どもの秘密についは第二章でさらに深く説明されている。
続く第三章では、子どもと動物についての考察。動物については、精神的に不安定なときに触れ合うことによって自立を促すことがあるのは、子どもに限らず大人の場合にもある。子どもの場合には、動物の生から死までの成長を知る事によって、大人とはまた違った触れ合いがあり、やさしく接するかとおもったら、蹴り倒してでも離れていきたい気持ちを示すことがあるという。母親に対してずっと抱いていて欲しい気持ちと、離れていきたい気持ちの葛藤を動物に対して表しているという。このような行動が見られる場合は、「このどうしょうもない心の葛藤を大人がよく理解してやることが必要である。」と説く。
第五章では面白いことがかいてある。「老人と子どもとは不思議な親近性を持っている。子どもはあちらの世界から来たばかりだし、老人はもうすぐあちらに行くことになっている。両者ともあちらの世界に近い点が共通なのである。青年や壮年がこちらの世界のことで忙しくしているとき、老人と子どもは不思議な親近性によって結ばれ、お互いをかばいあったり、共感し合ったりする。」こどもと老人のでてくる物語を読んだり、映画を見るときは、どういう部分で共感していて、どういう部分が異なるのかを考えながら筋を追ってみるのも楽しいのではないだろうか?
大人になっても子どもの宇宙を持ち続けている人は、偉大な芸術家になれるように思う。子どもの宇宙を狭めて大人になってしまったら普通の大人にしかならないが、ある部分については子どもの宇宙を持ち続ける事が、大人には無い発想が展開して面白い芸術ができあがるように思う。しかもこれは芸術だけではないかもしれない。新しい製品やサービスの発明にしても革新的な改良にしても普通の発想だけでは現れてこないものだ。人はできないと思っていると何もできないが、できるかも知れないと思って考え続けると新しい発想がうまれてくるものだと思う。
話は変わるが、先日TVで、名古屋大学の研究室で校舎の7階から生卵をボール紙で補強して落として卵を割らずに着地させる方法を考えるというのをやっていた。大学生だけでなく小学生にもやってもらうと小学生の方が発想が豊かだというし、成功率も高いという。子どもの方が発想が柔軟な証拠であろう。
卵落し(個人コンテスト)
http://www.eng.hokudai.ac.jp/jeep/08-10/met2-a11.html
→機械系学科における「機械創造設計製作」科目の導入
(1)卵落し(個人コンテスト)
「ひとりひとりの子どもの中にも宇宙があるという。大人になるということは、子どもたちのもつ素晴らしい宇宙の存在を忘れ去っていく過程なのではないかとさえ思う」と著者は冒頭に書いている。
子どもたちが持っている素晴らしい感性が、大人になっていくに従って、常識という大人の原理原則で狭められていってしまっているのではないだろうか?
さて、本書の第一章では「子どもと家族」をテーマに児童文学にでてくる子どもとその家族の関係について考察している。子どもが家族から離れて家出をすることによって、家族から自分というものを切り離して、ひとりの人として自立していく様子。子どもだけの大人には内緒の秘密を持つことによってアイデンティティを持つようになっていく様子などについて解説されている。子どもの秘密についは第二章でさらに深く説明されている。
続く第三章では、子どもと動物についての考察。動物については、精神的に不安定なときに触れ合うことによって自立を促すことがあるのは、子どもに限らず大人の場合にもある。子どもの場合には、動物の生から死までの成長を知る事によって、大人とはまた違った触れ合いがあり、やさしく接するかとおもったら、蹴り倒してでも離れていきたい気持ちを示すことがあるという。母親に対してずっと抱いていて欲しい気持ちと、離れていきたい気持ちの葛藤を動物に対して表しているという。このような行動が見られる場合は、「このどうしょうもない心の葛藤を大人がよく理解してやることが必要である。」と説く。
第五章では面白いことがかいてある。「老人と子どもとは不思議な親近性を持っている。子どもはあちらの世界から来たばかりだし、老人はもうすぐあちらに行くことになっている。両者ともあちらの世界に近い点が共通なのである。青年や壮年がこちらの世界のことで忙しくしているとき、老人と子どもは不思議な親近性によって結ばれ、お互いをかばいあったり、共感し合ったりする。」こどもと老人のでてくる物語を読んだり、映画を見るときは、どういう部分で共感していて、どういう部分が異なるのかを考えながら筋を追ってみるのも楽しいのではないだろうか?
大人になっても子どもの宇宙を持ち続けている人は、偉大な芸術家になれるように思う。子どもの宇宙を狭めて大人になってしまったら普通の大人にしかならないが、ある部分については子どもの宇宙を持ち続ける事が、大人には無い発想が展開して面白い芸術ができあがるように思う。しかもこれは芸術だけではないかもしれない。新しい製品やサービスの発明にしても革新的な改良にしても普通の発想だけでは現れてこないものだ。人はできないと思っていると何もできないが、できるかも知れないと思って考え続けると新しい発想がうまれてくるものだと思う。
話は変わるが、先日TVで、名古屋大学の研究室で校舎の7階から生卵をボール紙で補強して落として卵を割らずに着地させる方法を考えるというのをやっていた。大学生だけでなく小学生にもやってもらうと小学生の方が発想が豊かだというし、成功率も高いという。子どもの方が発想が柔軟な証拠であろう。
卵落し(個人コンテスト)
http://www.eng.hokudai.ac.jp/jeep/08-10/met2-a11.html
→機械系学科における「機械創造設計製作」科目の導入
(1)卵落し(個人コンテスト)
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