『ラオスにいったい何があるというんですか?』

『ラオスにいったい何があるというんですか?』 村上 春樹 文春文庫
村上春樹氏が、海外や国内の色々なところを訪問して回る旅の本。

海外では、長編小説を執筆しながら住んでいたところを再び訪問したりしている。
『ノルウェイの森』という本を書き始めたのは、ノルウェイではなくギリシャのミコノス島だった。

 当時僕らが暮らしていたユニットは、外から見る限りそのままだった。何ひとつ変わ
ってはいない。19番のユニット。白い漆喰の壁と、青く塗られた階段の手摺。そこで僕
は『ノルウェイの森』の最初の数章を書いた。とても寒かったことを記憶している。12
月、クリスマスの少し前のことだった。部屋には小さな電気ストーブひとつしかなかっ
た。分厚いセーターを着て、震えながら原稿を書いた。当時はまだワープロを使ってい
なかったから、大学ノートにボールペンでこりこりと字を書いていた。窓の外には石こ
ろだらけのうらぶれた野原があり、そこで羊の小さな群れが黙々と草を食べていた。僕
の目にはあまりおいしそうな草には見えなかったが、羊たちはそれでいちおう満足して
いるようだった。
 書くのに疲れると手を休め、顔を上げ、そんな羊たちの姿をぼんやり眺めた。ガラス
窓の向こうに見えるその風景を、今でもよく覚えている。壁に沿って大きなキョウチク
トウが生えていた。オリーブの木もあった。窓から眺めた野原は当時のままうらぶれて
残っていたが、なぜか羊たちの姿はなかった。

執筆の風景が浮かぶようだ。

ギリシャというと暖かい国かと思っていたが、冬にはやはり電気ストーブは必要なんだ。
寒い季節だったので、ノルウェーの事を書くのにちょうどよかったのかも知れない。

では、北欧のフィンランドのハメーンリンナについては、こう記されている。

ハメーンリンナのお城を見学してから湖沿いに建ち並ぶサマーハウスを見学。

 そのお宅に住んでいたのはヴェッカさんというご一家で、ここはサマーハウスではな
く、家族は一年中当地で暮らしているということだ。広い緑の庭があり、湖に面して桟
橋がついている。その前を時折ボートがゆっくりと通り過ぎていく。水面に白い夏の雲
がくっきり映っている。馬は「いや、商売じゃなく、単に趣味で飼っているんだよ」と
いうことだった。単に趣味で馬を飼っているというのはなかなかスケールが大きい。猫
を飼うのとはずいぶん手間が違うはずだ。とても優雅な生活だ。

子供の頃、田舎の農家には、まだ馬がいた。趣味ではない。車がまだない頃に、馬で荷物を運んだり、農機の代わりに田畑を耕していたのだ。

そんな頃とは変わって、2000年を過ぎたある年、北海道へ行ったとき、散歩をしていると馬小屋があり、小ぶりな馬が一頭いた。
訊くと趣味で飼っているとのこと。近くに野原があるわけではない。庭の中に馬小屋があったのだ。
あの時は驚いた。あれからだいぶたつが、まだ生きているのだろうか?

さて、最後に、タイトルにあるラオスのルアンプラバンでの寺院めぐり

ルアンプラバンで歩いてのんびり寺院を巡りながら、ひとつ気がついたことがある。
それは「普段(日本で暮らしているとき)僕らはあまりきちんとものを見てはいなかっ
たんだな」ということだ。僕らはもちろん毎日いろんなものを見てはいるんだけど、で
もそれは見る必要があるから見ているのであって、本当に見たいから見ているのではな
いことが多い。電車や車に乗って、次々に巡ってくる景色をただ目で追っているのと同
じだ。何かひとつのものをじっくりと眺めたりするには、僕らの生活はあまりに忙しす
ぎる。本当の自前の目でものを見る(観る)というのがどういうことかさえ、僕らには
だんだんわからなくなってくる。
 でもルアンプラバンでは、僕らは自分が見たいものを自分でみつけ、それを自前の目
で、時間をかけて眺めなくてはならない(時間だけはたっぷりある)。そして手持ちの
想像力をそのたびにこまめに働かせなくてはならない。そこは僕らの出来合の基準やノ
ウハウを適当にあてはめて、流れ作業的に情報処理ができる場所ではないからだ。僕ら
はいろんなことを先見抜きで観察し、自発的に想像し(ときには妄想し)、前後を量っ
てマッピングし、取捨選択をしなくてはならない。普段あまりやりつけないことだから、
初めのうちはけっこう疲れるかもしれない。でも身体がその場の空気に馴染み、意識が
時間の流れに順応していくにつれて、そういう行為がだんだん面白くなってくる。

目を凝らして沢山の仏像をひとつずつこまめに眺めていくとそれぞれの仏像に表情があり、たたずまいがあるとわかるという。

ラオスの人たちは、何かあると寺院に彫像を奉納するのだという。
それぞれに暮らしに合わせたサイズのものを奉納するのだそうだ。

ラオスに行くと言ったら、ラオスに一体何があるというの?と問いかけた人。
行けば、何かを見つけることができるのではないか、行ってみないと判らないから行くのだと村上氏は言う。

旅に出るのは、行った場所には、今までに出会ったことがないものがあるかもしれないからいくのだ。
どこへ行っても、よく見れば何か新しい発見をすることだろう。






ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2019年08月25日 02:14
こんばんは。

ラオス。。。
ヴィエンチャン!
それくらいしか知らないです。。。
2019年08月29日 07:19
おはようございます。
近年なかなか読書できずにいますが、こういうダイジェスト的な記事を読むとやはり本は面白いなと思います。