『定年前後「これだけ」やればいい』

『定年前後「これだけ」やればいい』 郡山 史郎 青春新書インテリジェンス
昨年紹介したのは、「やってはいけない」の方だったが、今回はその続編。

「やってはいけない」ことを書いたら、では、何をすればいいの?
という質問を受けたので、続編を書いたという。

3000人を超える人たちの再就職を世話してきた中で、こうすれば、再就職しやすいだろうということを解説している。

コロナ禍の中で、再就職を余儀なくされている方が沢山いらっしゃる中で、企業や官公庁などで、まだまだ仕事ができると思っていても、今40歳後半、50歳の方々は同世代の人数が多いのであり、60歳を超える団塊の世代と競争して職探しをしなければいけない。

なので、準備は怠らないに越したことはない。


前著では、私自身の体験をもとに、定年前後にやってはいけないことをいくつか取り上
げて、その問題点を詳しく解説した。例えば、再就職のために資格を取ることがいかにム
ダで、定年後に起業することがいかに危険か、といったことだ。
 なかでも定年前後の再就職については、多くのビジネスマンがそれまでの「常識」から
抜け切れず、求人先との折り合いがつかずに再就職に苦戦していることも、指摘させてい
ただいた。
 この再就職の問題については非常に反響が大きく、読者から直接いただいたメールの多
くが「高齢者の再就職がいかに厳しいかはわかる。しかしチャレンジしたい」といった趣
旨の内容だった。
 こうしたメールが殺到したこと自体が、ある意味、事態の深刻さを物語っている。
 いくら優秀なビジネスマンでも、50代半ばを過ぎれば好条件での再就職の可能性は非常
に限られてくるのが現状だ。60歳を過ぎれば、ほぼないに等しい。

この再就職にあたって、シニアになる前のキャリアはあまりあてにならないという。

著者も会社員時代のソニーにいた頃を振り返ってこう言っている

 私が30代だった頃のソニーは、日本初のトランジスタラジオが大ヒットして東証への上
場を果たし、社名も東京通信工業からソニーに変え、海外事業の拡大に力を入れていた。
 しかし、当時のヨーロッパでは技術力のある大手電機メーカーがしのぎを削っており、
大変な苦戦を強いられた。
 苦しいことの連続だったが、盛田さんはいつも平然としていた。そして先のことばかり
考えていた。
「失敗したことは忘れろ。過去は振り返るな」が口グセだった。
 盛田さんは、テニスでいくらレシーブを失敗しても「もう1回」を繰り返し、相手がう
んざりするまで練習を続けるような、向上心の塊のような人だった。
 盛田さんを見ていて、真の経営者とはこういうものかと感じたものだ。
 仕事にしか興味を示さない盛田さんだったが、そのおかげで仕事の師として数々のこと
を教えていただいた。なかでも何度も聞かされた経営のコツに「3の法則」というのがあ
る。この法則はよくできていて、私の仕事人生を何度も救ってくれた。簡単に紹介してお
こう。

「経営をするときにはまず今日をどうやって乗り切るかを考えよ。今日が大丈夫そうなら
明日をどう乗り切るかを考えよ。明日が大丈夫そうなら明後日を考えよ。明後日が大丈夫
となればその次となるが、4日目以降は不確定要素が大きいのでじっくり考えても意味
がない。そこで4日目以降は考えない。
 次は、月単位で同じように考えよ。まずは今月をどうするか、次は来月、最後は再来月
を考えよ。当面の3ヵ月間が大丈夫であればあとは考えない。次は今年どうするか、そし
て来年、再来年までの3年間について考えよ。その次は10年単位だ。最初の10年間、次の
10年間、それから最後に30年後までを考えよ。その先は考えない」

これが「3の法則」である。

あまり先のことを考えずに、今に集中せよとの教えだそうだ。
延長して考えても、どんどん想定外の事が起きる。
1~3日、1~3月、1~3年、10~30年という区切りでいいという。

最後が30年というのが経営者たるゆえんだろう。
経営のトップは、そのくらい先を見ているものだ。

さて、シニアの就職であるが

 シニアの就職活動においては、過去の経歴がどれほど輝かしくても、単なる自慢話とし
か受け止められない。それどころか、「実績を上げたのは前の会社での話で、前の会社の
商品を売っていたときのことではないか。きっと部下や上司、そして商品に恵まれていた
から達成できただけだろう。うちに来て同じ業績が出せるのか?」と、採用担当者の反感
を買う可能性すらあるのだ。
「昔取った杵柄」はこれまでの人生の財産かもしれないが、それを次の人生の拠りどころ
にしてはいけない。過去を掘り起こしても、前進する糧にはならない。過去は切り捨てて、
未来の仕事だけを考えよう。
 履歴書や職務経歴書の基本は、単純明快に書くことだ。前の会社の業種と担当業務内容
を伝えれば、大まかな能力は判断できる。むしろ、長く書くだけ「くどい」と思われやす
い。書くことはせいぜい名前、住所、学歴、職歴などの情報と簡潔な自己アピール。あと
は資格くらいに留めるべきだ。受賞歴、趣味、希望待遇などは、一切書かないほうがいい。
 自己アピールは、自慢話にならないように書くこと。「どこで、何を、何年やっていた
か」がわかるくらいで十分だ。分量は欄の大きさに合わせて、長すぎず短すぎずで調節す
るといいだろう。

再就職のケースとして増山氏(仮名)の例を示している

 増山氏のケースは、私の理想とする後半戦の生き方、働き方といってよい。
 肩ひじ張らずに若い会社のサポート役に回りながら、人生後半戦を思い切り楽しんで
いるように見える。
 自らを"失業のプロ"という増山氏は、1度目の転職で会社のあっせんに頼って失敗し
た苦い経験から、転職先を自ら動いて探すようになった。
 定年後の仕事探しでもそれを実践し、私の会社を含めさまざまな人材紹介会社を当た
るだけでなく、産業雇用安定センターにも登録して、いくつかの求人情報を手にしている。
産業雇用安定センターへの登録は65歳の誕生日までなのだが、「そのとき、私は64歳と10
ヵ月でした」と増山氏は笑っていた。
 ベンチャー企業の監査役とビル管理人というように、まったくジャンルの違う求人に増
山氏が出会えたのは、「自分の望む仕事ではなく、自分が必要とされる仕事を探す」と気
持ちを切り替えられていたからだ。

次の牧野氏(仮名)、長年勤めた会社に冷たくされてきた。

「結果的にご縁があって転職に成功したかもしれないけれど、正直なところ、ずっともが
き続けてきました」と牧野氏はいっていた。
 これは定年前後のシニアの切実な声だろう。
 とりわけ長期にわたって大企業に在籍してきたシニアにとっては、時代が変わり、会社
の経営スタイルが変わっても、かつて自分を大きく育ててくれた「会社への愛着」は断ち
がたく、最近になっていくら「冷たい仕打ち」を受けたとしても、簡単に捨て去ることは
できないのだ。
 しかし、だからこそ、私はあえて「早めに心の準備しよう」と声を大にして訴えたい。
 日本を代表する一流企業でも、もはや社員にとって最高の職場であり続けるとは限らな
い。かつてのような財力もゆとりもなくなっている。大企業のように人材が豊富なほどシ
ニアへの風当たりは強くなると覚悟しなければならない。いつまでも古き良き時代の想い
出にふけっていては、50年に及ぶ後半戦を生き抜くことはできないことを肝に銘じてほし
い。

著者は、30代までは、なるべくなら転職はしない方がいいという。

そして40代になったら後半戦に向けた作戦を立てる。自分の価値観を問い直す。

そして50代には自分のキャリアプランを完成させる。前半戦の競争の結果概ね見えてきているはず。ならば、後半戦に向けた準備を始め、後半戦に何をするか3通りくらい考えておく。一つに絞ってしまうとそれがかなわない時に、別の案はすぐにはできないものだから、3つくらいあるといいという。

60代になったら、もう競争の世界にはいない方がいい。共存へとシフトさせるという。
職探しもなるべく条件はつけずに探す。転職は何度やってもいい。採用する側は、シニア時代での転職の多さは気にしない。
今、その仕事ができるかどうかしか判断しないものだという。

また、職についていない期間ができるだけ短い方がいいという。
何かやりながら、その仕事があまり向いてないなら、やり続けながら別の仕事も探すのがいいという。
空白期間が長くなると現役でいた感覚が鈍くなってしまうからだという。






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