『日本語を「外」から見る』
『日本語を「外」から見る ~留学生たちと解く日本語の謎~』 佐々木 瑞枝 小学館101新書
日常使っている日本語、習得するのは結構難しい部類の言語だという。
日本語は時代とともに変化してきた。
それは、その時代の外国の言葉を取り入れて日本語にしてきたからだという。
外国人の方が日本語を覚えようとしたときにどこでつまずくのか、そんな観点から様々な例を挙げて日本語の不思議さを探求する本である。
まずは、日本語を教えるときのテキスト周りから。
テキストとして小学一年生の教科書というのがあるが、これは外国人に教えるのには難しすぎるという。
「どうぶつ村の 入り口に、大きな きりかぶが 一つ ありました」。これは『きり
かぶの 赤ちゃん』という題で、動物たちを主人公にし、四季の情景を交えながら、木
の大切さを子供たちに考えさせてくれる、とても楽しい文章だ。
語彙はやさしいし、漢字も少ない。しかも、分かりやすいように分かち書きにしてあ
る。このくらいの文章なら、きっと外国人の初級の学習者でも読めるだろう……。たい
ていの日本人は、ついそう考えてしまう。
しかし、そこには大きな「忘れ物」がある。日本人の子供は生まれてから小学校に入
るまでの間、ずっと日本語を聞き、話し、無意識のうちに脳細胞の中に、しっかりと日
本語の文法を覚え込ませているという点をどこかに置き忘れ、目の前にある文章だけで
判断してしまうのだ。
日本人の子供は文法だけではなく、小学校に入るまでに既に約六千の語彙を覚えてい
る。最近はテレビなどの影響で語彙数はもっと多いかもしれない。
もう一度、冒頭にあげた文章を注意深く、外国人に教えるつもりで読み直してみると、
いろいろなことが見えてくる。
①どうして「きりかぶがありました」で「いました」ではないのだろう。日本語を
外国人に指導する時には「公園にベンチがあります。噴水もあります。池もあります。
池には魚がいます。芝生に子供がいます」のように動物や人間のような生きているもの
を「います」、無生物は「あります」と指導する。この場合「いました」とすると擬人
法の扱いになる。
「金魚鉢に金魚がいます」(もちろん生きているから)、「金魚鉢に金魚があります」と
いう間違いは外国人ならではのものだろう。
②「入り口に」とあるが、外国人なら「どうして『に』ですか」と聞いてくる。外国
人に指導する場合には「教室に机があります。教室で勉強します」というように「に-
存在」「で-動作」と何回も格助詞の「に」と「で」を対照させながら使い分けを指導
するのだ。
……略……
③「きりかぶが 一つ」とある。どんなものを「ひとつ、ふたつ」と数えるのだろう。
日本語の数は外国人に言わせれば「信じられないくらいに複雑」だ。まず一から百ま
で指導する。これなら覚えられそうと外国人はほっとする。ところが、たとえば四とい
う数を例にとってみると、四時(よじ)四分(よんぷん)、四月(しがつ)四日(よっ
か)、と全部言い方が違う、和語系の「よん」と漢語系の「し」が両方使われているの
だ。
こんな具合に、この楽しい物語を説明していくと、どれだけの説明を要するのだろう。
というわけで、小学校の教科書を使いこなすには、かなりの知識と経験とたゆまぬ日
本語に対する好奇心を必要とする。日本語って面白い。
こうしてみると、日本語がどれほど複雑なのかが良くわかる。その日本語を使いこなしている普通の日本人は、かなり頭がいいのではないかと思ったりしてしまうが、小学一年生に入学したてでも既に5年以上も毎日日本語を聞いて育っているのだから下地ができているということである。
次は時間の変化に対するものをみてみよう
「動詞+…てきた」は「土地の値段があがってきた」のように過去から現在まで、長期
的な時間の経過の中での変化を言う場合と、「空が急に曇って来た」のように短期的な
時間の変化を言う場合がありますが、いずれにしても過去から現在までの変化を言って
いるのです。
それに対して「…ていく」は「これからもっと寒くなっていく」のように、現在の時
点から未来に向かっての変化を言います。
ザイナルさんの要望に答えて、もう少し例文を挙げておこう。
これは「…ている」「…ていく」の文法の使い方の練習というよりも、むしろ、これ
らの文型を使いながら、留学生に日本社会の事情を知ってもらうという側面がある。
ここでは、時間の経過につれて値段が上がったり下がったりする四つの例文を選んだ。
①車の値段 電気自動車の導入で車の値段は上がっていくでしょう。
②土地の値段 ずっと上がってきていた土地の値段が、世界的な金融危機で下がって
いくかもしれません。
③卵の値段は三十年前からほとんど変化していません。
④株価は金融危機で下がってきましたが、これからは少しずつ上がっていくでしょう。
こうした例文を示して説明すると
「日本人は土地を持つことが財産だと思っていた時期がありました。銀行でお金を借り
るときも、土地があれば『担保物件』といってお金を借りられたのですよ。でも最近は
違う。土地の値段が下がり始めているのです」と話題を提供すると、意見を言わずにい
られない留学生たちが、手を挙げ始め、具体的なディスカッションに変わっていく。こ
ういったクラスの動きは、受動的な授業に慣れている日本人学生を相手にしているとな
かなか味わえない日本語教師ならではの醍醐味であろう。
本書の中には、留学生との会話や留学生同士の会話がふんだんにでてくる。
留学生同士の会話を横で聞いているとよく間違うフレーズがわかるという。
「が」と「は」の使い分けもそうである。ジーナもよく間違えているという。
・いつが誕生日ですか。
・何が食べたいですか。
・誰が遅刻しましたか。
・どこが会場ですか。
疑問詞が文の最初に来るときは日本語では必ず「が」が後に続く。ところが、文の後
ろに疑問詞が来ると、「は」になる。
・誕生日はいつですか。
・食べたいのは何ですか。
・遅刻したのは誰ですか。
・会場はどこですか。
日本人はあまり意識せずに「は」と「が」を使い分けているが、外国人学習者には初
級の段階から、ルールをきちんと説明して教えた方がよい。疑問詞を使った文章「が」
と「は」の使い分けは、「ステップ1」というところだ。
「は」と「が」の使い分けステップ2は、説明文と描写文による違い。
ステップ3は対比を示すときは「は」を使う、だそうだ。
日本語を何年も使っていると何故そうしているのかはわからなくても自然にフレーズがでてくる。
脳の回路にそういうようにインプットされているのだ。
人工知能にたくさんの用例を覚え込ませると、理屈では説明できないが、正しい選択ができるようになる。同じことである。
留学生のように短期間で言葉を覚えなければいけない状況において、早く覚えるコツは、ルールを理解することでありルールを示してそのルールによるとどれが正しいのか判断できるようになること。
さらに、ルールを覚えたら何度も使ってみることである。言葉に出して、相手に伝わっているのか確認していく作業が必要だ。
留学生との会話でも、間違っていたら即指摘するそういう場が言葉の覚えを早くするようだ。
最後に、最初にも触れた外国語が日本語に取り入れられる話
ホテル、旅館の違いを話していた
この時のエピソードは文科省の中学国語の検定教科書(光村図書)、一年生用に書か
せていただいたが、中学生にとっても、「ホテル、旅館、宿屋」の違いを知ることは勉
強になるようで、このことに関して、たくさんの問題集が取り上げている。宿屋(和
語)、旅館(漢語)、ホテル(外来語)の違いを皆さんなら、どんな風に説明するだろう
か。
日本語教室でも、下記の事項は、場面に合わせて四行会話を作成し、違いを説明する
ことにしている。
違いをどう説明しましょうか
■店、店舗、ショップ
■台所、厨房、キッチン
■旅、旅行、トラベル(ツアー)
■夕めし、晩御飯、ディナー
■贈り物、贈答品、ギフト
■本屋、書店、ブックショップ
■手紙、書簡、レター
■健やか、健康、ヘルシー
■飲み物、飲料、ドリンク
■踊り、舞踏、ダンス
新しく入ってきた言葉ほど、文化的な「格」が上になる、これは日本人の外来文化尊
重の気風という意味でも面白いと思うので、留学生に説明すべき項目だ。
この後、4行会話で言葉の違い、ニュアンスがどう違うのかを示している。
和語は昔からある日本の言葉。
その後、中国の漢の時代にたくさん入ってきた漢語。これは多くは漢字であらわされていて、畏まったイメージを持つ。
そして江戸から明治以降に入ってくる外来語は、今までのイメージとは違ってなんか上品な感じとか、若さとか、元気よさなど良いイメージを持つものが多い。テレビや雑誌、ネット媒体などで新しさを醸し出すときに使われ始める。
こうした時代背景も持つ言葉の選択肢なので、日本人が共通に持つイメージを伴って使い分けされている。
それを留学生に教えるのは日本文化と日本の歴史を教えることにもなる。
著者のWebサイト
http://www.nihongonosekai.com
日常使っている日本語、習得するのは結構難しい部類の言語だという。
日本語は時代とともに変化してきた。
それは、その時代の外国の言葉を取り入れて日本語にしてきたからだという。
外国人の方が日本語を覚えようとしたときにどこでつまずくのか、そんな観点から様々な例を挙げて日本語の不思議さを探求する本である。
まずは、日本語を教えるときのテキスト周りから。
テキストとして小学一年生の教科書というのがあるが、これは外国人に教えるのには難しすぎるという。
「どうぶつ村の 入り口に、大きな きりかぶが 一つ ありました」。これは『きり
かぶの 赤ちゃん』という題で、動物たちを主人公にし、四季の情景を交えながら、木
の大切さを子供たちに考えさせてくれる、とても楽しい文章だ。
語彙はやさしいし、漢字も少ない。しかも、分かりやすいように分かち書きにしてあ
る。このくらいの文章なら、きっと外国人の初級の学習者でも読めるだろう……。たい
ていの日本人は、ついそう考えてしまう。
しかし、そこには大きな「忘れ物」がある。日本人の子供は生まれてから小学校に入
るまでの間、ずっと日本語を聞き、話し、無意識のうちに脳細胞の中に、しっかりと日
本語の文法を覚え込ませているという点をどこかに置き忘れ、目の前にある文章だけで
判断してしまうのだ。
日本人の子供は文法だけではなく、小学校に入るまでに既に約六千の語彙を覚えてい
る。最近はテレビなどの影響で語彙数はもっと多いかもしれない。
もう一度、冒頭にあげた文章を注意深く、外国人に教えるつもりで読み直してみると、
いろいろなことが見えてくる。
①どうして「きりかぶがありました」で「いました」ではないのだろう。日本語を
外国人に指導する時には「公園にベンチがあります。噴水もあります。池もあります。
池には魚がいます。芝生に子供がいます」のように動物や人間のような生きているもの
を「います」、無生物は「あります」と指導する。この場合「いました」とすると擬人
法の扱いになる。
「金魚鉢に金魚がいます」(もちろん生きているから)、「金魚鉢に金魚があります」と
いう間違いは外国人ならではのものだろう。
②「入り口に」とあるが、外国人なら「どうして『に』ですか」と聞いてくる。外国
人に指導する場合には「教室に机があります。教室で勉強します」というように「に-
存在」「で-動作」と何回も格助詞の「に」と「で」を対照させながら使い分けを指導
するのだ。
……略……
③「きりかぶが 一つ」とある。どんなものを「ひとつ、ふたつ」と数えるのだろう。
日本語の数は外国人に言わせれば「信じられないくらいに複雑」だ。まず一から百ま
で指導する。これなら覚えられそうと外国人はほっとする。ところが、たとえば四とい
う数を例にとってみると、四時(よじ)四分(よんぷん)、四月(しがつ)四日(よっ
か)、と全部言い方が違う、和語系の「よん」と漢語系の「し」が両方使われているの
だ。
こんな具合に、この楽しい物語を説明していくと、どれだけの説明を要するのだろう。
というわけで、小学校の教科書を使いこなすには、かなりの知識と経験とたゆまぬ日
本語に対する好奇心を必要とする。日本語って面白い。
こうしてみると、日本語がどれほど複雑なのかが良くわかる。その日本語を使いこなしている普通の日本人は、かなり頭がいいのではないかと思ったりしてしまうが、小学一年生に入学したてでも既に5年以上も毎日日本語を聞いて育っているのだから下地ができているということである。
次は時間の変化に対するものをみてみよう
「動詞+…てきた」は「土地の値段があがってきた」のように過去から現在まで、長期
的な時間の経過の中での変化を言う場合と、「空が急に曇って来た」のように短期的な
時間の変化を言う場合がありますが、いずれにしても過去から現在までの変化を言って
いるのです。
それに対して「…ていく」は「これからもっと寒くなっていく」のように、現在の時
点から未来に向かっての変化を言います。
ザイナルさんの要望に答えて、もう少し例文を挙げておこう。
これは「…ている」「…ていく」の文法の使い方の練習というよりも、むしろ、これ
らの文型を使いながら、留学生に日本社会の事情を知ってもらうという側面がある。
ここでは、時間の経過につれて値段が上がったり下がったりする四つの例文を選んだ。
①車の値段 電気自動車の導入で車の値段は上がっていくでしょう。
②土地の値段 ずっと上がってきていた土地の値段が、世界的な金融危機で下がって
いくかもしれません。
③卵の値段は三十年前からほとんど変化していません。
④株価は金融危機で下がってきましたが、これからは少しずつ上がっていくでしょう。
こうした例文を示して説明すると
「日本人は土地を持つことが財産だと思っていた時期がありました。銀行でお金を借り
るときも、土地があれば『担保物件』といってお金を借りられたのですよ。でも最近は
違う。土地の値段が下がり始めているのです」と話題を提供すると、意見を言わずにい
られない留学生たちが、手を挙げ始め、具体的なディスカッションに変わっていく。こ
ういったクラスの動きは、受動的な授業に慣れている日本人学生を相手にしているとな
かなか味わえない日本語教師ならではの醍醐味であろう。
本書の中には、留学生との会話や留学生同士の会話がふんだんにでてくる。
留学生同士の会話を横で聞いているとよく間違うフレーズがわかるという。
「が」と「は」の使い分けもそうである。ジーナもよく間違えているという。
・いつが誕生日ですか。
・何が食べたいですか。
・誰が遅刻しましたか。
・どこが会場ですか。
疑問詞が文の最初に来るときは日本語では必ず「が」が後に続く。ところが、文の後
ろに疑問詞が来ると、「は」になる。
・誕生日はいつですか。
・食べたいのは何ですか。
・遅刻したのは誰ですか。
・会場はどこですか。
日本人はあまり意識せずに「は」と「が」を使い分けているが、外国人学習者には初
級の段階から、ルールをきちんと説明して教えた方がよい。疑問詞を使った文章「が」
と「は」の使い分けは、「ステップ1」というところだ。
「は」と「が」の使い分けステップ2は、説明文と描写文による違い。
ステップ3は対比を示すときは「は」を使う、だそうだ。
日本語を何年も使っていると何故そうしているのかはわからなくても自然にフレーズがでてくる。
脳の回路にそういうようにインプットされているのだ。
人工知能にたくさんの用例を覚え込ませると、理屈では説明できないが、正しい選択ができるようになる。同じことである。
留学生のように短期間で言葉を覚えなければいけない状況において、早く覚えるコツは、ルールを理解することでありルールを示してそのルールによるとどれが正しいのか判断できるようになること。
さらに、ルールを覚えたら何度も使ってみることである。言葉に出して、相手に伝わっているのか確認していく作業が必要だ。
留学生との会話でも、間違っていたら即指摘するそういう場が言葉の覚えを早くするようだ。
最後に、最初にも触れた外国語が日本語に取り入れられる話
ホテル、旅館の違いを話していた
この時のエピソードは文科省の中学国語の検定教科書(光村図書)、一年生用に書か
せていただいたが、中学生にとっても、「ホテル、旅館、宿屋」の違いを知ることは勉
強になるようで、このことに関して、たくさんの問題集が取り上げている。宿屋(和
語)、旅館(漢語)、ホテル(外来語)の違いを皆さんなら、どんな風に説明するだろう
か。
日本語教室でも、下記の事項は、場面に合わせて四行会話を作成し、違いを説明する
ことにしている。
違いをどう説明しましょうか
■店、店舗、ショップ
■台所、厨房、キッチン
■旅、旅行、トラベル(ツアー)
■夕めし、晩御飯、ディナー
■贈り物、贈答品、ギフト
■本屋、書店、ブックショップ
■手紙、書簡、レター
■健やか、健康、ヘルシー
■飲み物、飲料、ドリンク
■踊り、舞踏、ダンス
新しく入ってきた言葉ほど、文化的な「格」が上になる、これは日本人の外来文化尊
重の気風という意味でも面白いと思うので、留学生に説明すべき項目だ。
この後、4行会話で言葉の違い、ニュアンスがどう違うのかを示している。
和語は昔からある日本の言葉。
その後、中国の漢の時代にたくさん入ってきた漢語。これは多くは漢字であらわされていて、畏まったイメージを持つ。
そして江戸から明治以降に入ってくる外来語は、今までのイメージとは違ってなんか上品な感じとか、若さとか、元気よさなど良いイメージを持つものが多い。テレビや雑誌、ネット媒体などで新しさを醸し出すときに使われ始める。
こうした時代背景も持つ言葉の選択肢なので、日本人が共通に持つイメージを伴って使い分けされている。
それを留学生に教えるのは日本文化と日本の歴史を教えることにもなる。
著者のWebサイト
http://www.nihongonosekai.com
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