『他人と比べずに生きるには』

『他人と比べずに生きるには』 高田 明和 PHP新書
自分と他人を比較して、羨んだり、優越感にひたったり過度に比較していて、自分にない物ばかり追い求めていると鬱になるという。

そんな状態に陥らないための対処法がある。
自分の力を知り、比較しないことだという。

 自分の分を知るときに大事なことは、他人の活動を見ても、テレビで誰かを見ても、
決して比較せず、自分は自分と思う習慣をつけることです。
 よく、年をとった人がテレビを見ながら、いつも文句を言っているようなことがあり
ます。ニュースショーに登場するタレントの発言を聞くと、「なんだ、あんなタレント
なんか何も知らないくせに」と怒ったり、若い女性が流行歌を歌うのを聴いて。「あん
なバカ娘の歌のどこがよいのか」などと言ったりします。また、政治家についてもいつ
も悪口を言います。
 実は、これは自分と比較しているのです。あのタレントは有名だけど、ほんとうはく
だらないと思うことで、自分の優越感を満たそうとしているのです。政治家に対して
も、「くだらない」と言うことで「自分もだめではないぞ」と思いたいのです。
 ……
 しかし、このように比較でものを考えようとすると、どうしても自分の現実に目が向
かいます。思ったほど成功しなかった。家族も昔の努力が報われず、ばらばらになって
しまったなどと自分の現況を嘆き、自分を責める気持ちが強くなるのです。
 このようなことは結局自分を不幸にし、晩年を苦しみで満たされたものにしてしまい
ます。

他人と自分を比べて、努力できる状態のときは、まだましかもしれないが、年を重ねて、もう努力だけではどうしょうもない差がついてしまうと、やはり他人を貶めていくしかないと思って汚い言葉を吐いてしまうのだろう。

そうした比較をしないために著者が出会ったものは禅の世界だという。

 江戸時代の名僧、盤珪禅師の逸話です。
 盤珪禅師の地元に、目の見えない易者がいました。彼は声を聞いてその人の性格など
をあてるというのです。あるとき、この易者が盤珪禅師と話す機会がありました。
 その後、彼は「多くの人はお悔やみを述べるときに、その声にかすかな喜びが混じっ
ている。また、人にお祝いを言うときに、その声にかすかな悲しみが混じっている。し
かし、盤珪禅師は違う。禅師がお悔やみを言うときには心からお悔やみを言っている。
また、お祝いを言うときには混じりけがないお祝いの言葉を述べている」と言ったとい
うのです。
 この話を読んだとき私は心底驚きました。お悔やみやお祝いを言うときに、まったく
お悔やみだけの心、お祝いだけの心にならなければならないというのは大変なことで
す。ものすごく修行をすれば、そのような心になれるものなのでしょうか。
 しかし坐禅などをしても、一向にお悔やみだけの心、お祝いだけの心になれない自分
を知り、自分などはだめな人間だ、坐禅などをしてもとてもその心境にはなれないと絶
望したこともあります。
 そのようなときに、映画監督の新藤兼人さんの「煩悩は才能だ」という言葉を読みま
した。驚くとともに、うれしく思いました。人をうらやむ、憎む、怒るなどという心が
あるからこそ、映画が撮れるのだというのです。さらに煩悩に関して、「自分は性力は
ない、しかし性欲はあります。一生、めらめらと燃え続けることでしょう」といってい
ました。
 私たちは禅の専門家になるのではありません。もし、専門家になるのでしたら、盤珪
を理想とし、盤珪のようになろうと努めるのがよいでしょう。しかし、生きる目的は自
分の仕事で社会に貢献し、心豊かに、心静かに生きるということです。そして、たとえ
盤珪のようになれなくとも、その至らなさが別の収穫を生む場合だってあるのです。煩
悩が名画を生むことだってあるように……。
 理想の人になれないと心を苦しめ、絶望するくらいなら、自分の至らなさを別の角度
から見つめ直し、再評価したほうがずっと幸せです。

今まで、煩悩をなくすのがいいと考えてきたのだが、必ずしもそうではないということか。

あるがまま受けいれる。そして次へ進む。

著者は良寛さんについてもこう記している

 良寛さんは、「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく
候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候」といっています。また、病気についても同
じようなことをいっています。病気になるときは病気になるのがよく候というのです。
つまり、病気になったら健康なときと比較せず、病気のままで生きていけば苦しみはな
いというのです。同様に、死ぬときは生のことを考えずに、死になりきればいいという
わけです。もちろん、このようなことは良寛さんのような偉大な人であってこそいえる
のでしょうが。

禅の世界でも、同じような話があるという。

暑さ、寒さからのがれるにはどうすればいいか?
という問いに対して、暑さも寒さもないところにいけ、寒いときは寒いだけになり、暑いときには暑いだけになる。
生きているときは生きているだけになり、死ぬときは死ぬだけになる。
その状態に徹していれば、暑さ寒さもなく生も死もないという。
無心になるようにするのがいいという。


 前にも述べましたが、仏教では「諸行無常」を説きます。すべてのものは常に変化
し、生滅を繰り返していくのだから、私たちに過去は存在しない、過去の自分は今の自
分とは関係ないという教えです。実際、私たちにあるのは「今」だけです。今の瞬間
に、親子、夫婦、兄弟が存在するのです。
 これは、子どものことを考えるとよくわかります。私たちは、今の子どもを過去の延
長のように思っていますが、実際は別人に変化していっているのです。ですから、昔は
こうだった、昔はあんな風に振る舞った、だから今も同じように行動するべきだとはいえ
ないのです。
 人は常に変わっていきます。もちろん、脳の構造も変わっていくのです。したがっ
て、考え方も変化します。私たちは親子だから、あるいは夫婦だからだいじょうぶだと
思っても、注意しないといつの間にか考え方、感じ方が別人のようになっているという
ことはあるのです。いつも、話し合ったり、いっしょに行動したりして、気持ちをつな
げておくことが人間関係をよくする上では必要です。
 さて、人間は常に後悔します。反省するのが普通です。しかし、後悔、反省は自分を
非難することにもなり、自信を失わせる結果を生みます。そのために多くの人生訓で
は、過ぎたことを後悔するなと教えています。

過去を振り返って、あのときああすれば良かった。こうしておけば良かったと考えても過去は変えられない。
これからの未来がやってくるだけ、なので、過去を振り返って後悔するのではなく、今どうするのか、今を生きるのだという。

そして、無心になるための呼吸法を身に着けて、考え過ぎない訓練を積む。
本書の後段には、呼吸法が紹介されている。
他人と比較したくなったり、過去に捕らわれそうになったときは呼吸を整えて無心になる。
それによって心を安定させることができるという。






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