人は最後の日でさえやり直せる

『人は最後の日でさえやり直せる』 曽野 綾子 PHP文庫
 タイトルからして重た~い話のようですが、中身はタイトル程には重くはありません。

それでも曽野綾子さんの本なのでそれなりに読み応えのある本です。著者が書いた沢山の本の中から人生の指針となるような言葉を選んで掲載されています。

 夫婦のありかた、人付き合いの仕方、より人間力をみがいた人生のすごし方等生き方のヒントになりそうな言葉が詰まっています。

 気になった言葉を引用してみよう。
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ずぼら人間の効用
 私の中には、母から受け継いだ、几帳面にしなければならないという律儀さと、結婚して夫から教えられたずぼらさの必要性が、全く対立したまま潜んでいる。几帳面に生きるということは何より人に迷惑をかけない。几帳面な人ばっかりだったら、警察も銀行も税務署もずっと仕事が減るだろう。一方でずぼらな人というのは、小さな迷惑を人にかける。我が家の夫婦喧嘩の八十パーセントまでは、夫が無責任に約束をすっぽかすとか、説明したことをちゃんと聞いていないとかいうことである。
 しかしずぼらな人は、人が支離滅裂な言動をしても少しも怒らない。それがその人の性格なのだから、理由はよく分からないがそれがその人の選んだ生き方なのだから、それが相手の美学なのだから、それはそれでどうぞ、という感じである。決して理解しているわけでもないし、温かい心で見守っているという感じでもない。むしろ、人の人生なんだ、どうして他人が口を出すことがある、という突き放した見方である。
 しかしこういう生き方だと、相手を深く非難するということもない。
                                『心に迫るパウロの言葉』
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 ずぼらな面と几帳面なところと両方あるなと思う自分の性格をまわりの人にもわかってもらいたいのだが、几帳面さがより多い人にとってずぼらな面がどうしても許せないのかすぐに対立してしまうのは何で?と思っていたら、この言葉に出会った。お互いにどこかで折り合いをつけることも必要なんだけどな。







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