『人間にとって健康とは何か』

『人間にとって健康とは何か』 斎藤 環 PHP新書
誰でも多少は関心のある「健康」。

関心はあるにもかかわらず、健康とはどういう状態のことをいうのか、これだという定義がないという。

健康の対義語としては、病気というのがあるだろう。
「○○の病気」などと診断できるものが全くないから健康なのかというとそうでもない。

「あなたは健康か」と訊ねられて、思いつく病気が一つももいつかなくても。
もしかしたら健康ではないのではないか?と考えてしまうひともいるだろう。

逆に、私は○○病にかかっている。「それでも、今日は調子がいい」というのは健康な状態なのか。

なかなか、健康という状態を定義するのが難しいという意味をご理解いただけたろうか。

さて、著者は、健康の話の中で、文化的なモノに着目している。

たとえば、宗教

 日本人は無宗教とする根拠として、神式で結婚式を挙げた人が身内の葬式は仏教式で執り
行なったり、クリスマスを祝った数日後には神社に初詣に出かける、といった無節操さがし
ばしば引き合いに出される。これも山本七平によれば、日本人は宗教ではなく、その場の空
気を信仰しているためだ。いや、もっといえば「日本教」の中心にあるのは「神」ではなく
「人間」であるためだ。
 パソコンの比喩でいえば、日本人の基本OSはすべて「日本教」であり、場当たり的にさ
まざまな宗教行事に参加できるのは、どんな宗教もこの基本OS上で作動するアプリケーシ
ョンでしかないからだ。それゆえ、それほど厳格な信仰態度を要求しないタイプの仏教や神
道のメモリ占有率が高く、より本質的な信仰心を要求するキリスト教やイスラム教はほとん
ど普及しないのである。

日本教が基本OSとは、面白い考え方だ。

すべてを動かす共通基盤で、基盤の上に載るものであればなんでも受け入れる。
それぞれが並列して並べられるので、簡単に受け容れられる。

それに対して、唯一神教は、排他的なので、なかなか上手く載らない。
それを載せようとしたら、基盤をすべて取り去ってしまって載せるしかない。基本OSを取り換えるようなものだ。

スマホなら、Android携帯対iPhoneみたいなものである。

さて、レジリエンス(回復力、弾力性)についてであるが

「変化することが、変わらないこと」という逆説的な言葉がある。

 システムのレジリエンスを考える際に、考えられるべきは形態と構造の関係ばか
りではない。個体とシステムの関係性もまた十分に検討しておく必要がある。
 たとえば「個人」と「人類」の関係について考えてみよう。リチャード・ドーキンスが
『利己的な遺伝子』(紀伊國屋書店)で述べるように、もし人間が遺伝子の乗り物にすぎず、
遺伝子はひたすら自らの複製を未来永劫存続させることが目的なのだとすれば、「個人の死」
はむしろ必然的な現象として要請されることになる。もしも個人が不老不死なら「遺伝子の
継承」も「進化」すらもナンセンスということになりかねないからだ。
 この関係をレジリエンスという視点から述べてみるなら、「人類」のレジリエンスを高め
るための「冗長性」と「多様性」を支えるものが「個人の死」ということになる。ここから
さらに敷衍するならば、個体と集団のレジリエンスは、逆相関とはいわないまでも、必ずし
も両立しないということになるだろう。

特定の個人が長生きしすぎれば、全体のバランスを崩してしまい、次への継承が難しくなる。
個人が、つぎから次へと変わっていくこと、常に最善の個がトップに立つことで環境の変化に対応できて、全体として長く生きられる。

企業のトップが時代の変化や、ビジネス環境の変化によって交代する仕組みがよく機能していれば、その企業は長く続く。交代すべきところで交代できないようになってしまった企業は、環境の変化に弱い。

さて、人が幸福に生きるとは、どんなことだろうか?
健康であれば、幸福なのか。幸福そのものを追いかけるとなかなか幸福には追いつかないという。

 つまり、幸福そのものを目的としたり、確実に捕まえたりできるような法則はありえな
い、といっているのである。この法則を「幸福の不確定性原理」と呼んでおこう。これはた
しかに、一つの真理ではあるかもしれない。しかし、こういうことはそもそも「それをいっ
たらおしまい」なのである。本章ではあえて幸福になる普遍的方法、つまり本来の意味での
「幸福の科学」の可能性を追求することが目的なので、不確定性原理についてはしばらく措
くとしよう。
 それ以外、つまり幸福になる方法論を質的に究めていくと、およそ六種類のパターンが見
えてくる。格言などに述べられている「幸福になる方法」は、おおむねこの六パターンのい
ずれかに分類できるのだ。つまり、確実に幸福になりたければ、次の六つのどれか、あるい
はすべてを実行すればよいということになる。
 その六項目とは、「意味と目的」「関係性と利他性」「平凡性と反快楽」「過程性」「いまここ・
あるがままの肯定」「末梢性」である。

これらの意味は、本書を読んでいただきたいが、これらは実証的な根拠としては、十分ではないと著者はいい、実証的に「幸福の条件」を列記すると次のようになるという

▽ポジティブ感情を頻繁に経験することは重要だが、強烈なポジティブ感情そのものは幸福
 度にあまり関係がない。
▽幸福には基準点があり、直近の出来事(ポジティブ/ネガティブ含む)に影響されて上下す
 るが、すぐに元の基準点に戻る。
▽幸福に関連する人間性として、以下の特徴が重要だった。人に対する信頼感、感情の安
 定、コントロール意識、コントロール欲求、忍耐力、緊張しにくさ、自尊心、神経症的傾
 向の少なさ、社交性、同調性など。
▽以下のことがらは幸福度を上昇させることがわかっている。
 ・社会的なつながりがあること
 ・結婚していること
 ・情熱を傾ける仕事があること
 ・宗教やスピリチュアリティー
 ・趣味
 ・よい睡眠と運動
 ・社会階級
 ・主観的な健康
▽幸福度に関係がありそうで、じつはあまり関係がないもの。
 ・年齢
 ・外見的魅力
 ・お金(基本的ニーズが満たされるならば、一定以上の富は幸福度の上昇にそれほど寄与しない)
 ・性別
 ・教育レベル
 ・子供をもつこと(子供の年齢などによって異なる)
 ・天候のよい地域へ引っ越すこと
 ・住居
 ・客観的な健康

ここから、さらに研究はすすんで、ポジティブ心理学は、ウェルビーイング理論へと進みPARMAで示される5要素を最大化していくこととなり、さらに、チクセントミハイによってフロー体験に言及される。

さらに著者は、マインドフルネスについて述べているが、長くなるので、気になった方は本を読んでいただきたい。

健康な状態は、幸福なはずであるが、幸福な状態は、幸福自体を意識しても出てこない。
フロー状態などは、何かに熱中している状態であり、人間の心が、何かに集中している状態だともいえる。

人は、一度に多くの事に関心を持ってはいれない。時に短時間で切り替え、時には長く一つの事に集中して過ごしている。多くの事を切り替えながら処理したとしても、忙しかったとも思うし、振り返ってみれば、熱中していたとも思える。人間の心理とは不可思議なものである。






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