『うしろめたさの人類学』

『うしろめたさの人類学』 松村圭一郎 ミシマ社
今までにあまり読んでいないジャンルの本と思って、探したのが、これ人類学。

「うしろめたい」と修飾されると、なにかやましいことかと思ったが、そうではない。
先進国に住む私たちに比べて、発展途上国の方々に対する気持ちとして「うしろめたさ」という感情が生まれる。

発展途上国のひとつとして著者はエチオピアを訪れ、そこでの体験を綴りながら、「うしろめたさ」という気持ちを分析している。

人と人の関係が繋がって社会になる

 人との言葉やモノのやりとりを変えれば、感情の感じ方も、人との関係も変わる。
商品交換は、感情に乏しい関係をつくりだし、贈与は、感情にあふれた、でもときに
面倒な親密さを生み出す。「経済」-「感情」-「関係」は、こうして人にモノをどう
与え、受けとり、いかに交換/返礼するかという行為の連鎖からできている。
 愛情も、怒りも、悲しみも、自分だけのもののように思える「こころ」も、他者と
の有形・無形のやりとりのなかで生み出される。そして、そのやりとりの方法が、社
会を心地よい場所にするかどうかを決めている。
……中略……
 ぼくらが何者であるかは他者との関係のなかで決まる。身近な他者が何者なのかも、
あなたがなにをどのように相手に投げかけるかによって変わる。あなたの行為によっ
て相手は何者かになり、相手からの呼びかけや眼差しによって、あなたは何者かであ
ることを強いられたり、何者かになれたりする。
 ぼくらは、強固なかたちで最初から「何者か」であるわけではない。ぼくらが他の
人にいかに与え、受けとるのか。それによって生じる関係のなかから「わたし」や
「わたしたち」が生まれ、「かれ」や「かれら」が生まれている。

人と人との関係が、何者かを決める。

何もないところから始まって、プラスとマイナスに分かれて、物体ができてくるというような話に聞こえる。正の物質と反物質。どちらかが多いと残った物質の世界ができる。

お金、資本もまた市場ができてから、ものとカネの関係によって生まれる。

 歴史家のフェルナン・ブローデルは、自由な競争に根ざす市場にとっての真の脅威
は、国家というよりも、国の領域を超えて独占を志向する「資本主義」のほうだと指
摘する。資本主義こそが、反-市場である、と。国家は、資本主義を優遇し、それを
援助する。しかし同時に、国家は、資本主義が国家の自由な行動を妨げるおそれがあ
るのでその躍進を妨げようとする。
 市場にとっても、国家は両義的な存在だ。国家は、市場の自由な競争を保護するた
めに治安を維持し、ルールを守らせる。しかし、その介入が強まりすぎると、今度は
自由な活動が阻害され、計画経済へと近づく。自由市場か、計画経済の統制市場かは、
国家の関与の度合いで決まる。

市場と国家はお互いに必要としていて、そのバランスによって成り立っているという。

資本主義は、それが行き過ぎれば、富はある所に集まってしまって、無いところは全くなくなってしまう。

国家が強すぎれば、自由な発想も育たなくなって、成長が滞っていく。

だから、両者のバランス、ほどよいところで、経済や国家の仕組みの成長が促される。

富がアンバランスになるのを防ぐのが、再分配の考え方

 再分配はどうか。再分配は、税などでいったん多くの人から徴収した財を特定の人
や事業に振り分けることだ。非市場的な財の移譲という意味では贈与に近いが、おも
に国の政策を実施するために利用される。
 贈与と違うのは、お金の出所が匿名化され、覆い隠されること。個人からの義援金
や支援物質といった「贈り物」は、受けとった人に少なからず贈り手のことを想起さ
せる。だから、たぶんちょっと重い。でも、国が支給した支援金だと、気軽に使えて
しまう。最初にお金を出した人の存在がみえないからだ。
 公共事業の功績者に政治家の名前はあげられても、納税者の名前が出されることは
ない。国にとって再分配が重要なのは、それが国民の負担を国家や政治家の功績に変
える仕組みだから。その恩恵を受けた人は、国への恩を感じたとしても、税を払った
市民に感謝することはない。
 同じく納税者の側も、自分が資金の提供者であるという意識を失う。再分配の失敗
は、政府の責任であって、自分の責任ではない。交換が人の関係を解消し、贈与が人
と人をつなげるとしたら、再分配では本来あるべきつながりが途中で切れている。

するべきことを、しないでいると「うしろめたさ」を感じてしまう。そのうしろめたさが、人を別の代償行為に走らせるという。

今年も、風雨の被害が多く発生している。
被害に直接会わなかった人も、被害に遭った人たちを見ていると何かしてあげなくてはと思って、義援金を出したりボランティアをする。

「うしろめたさ」を感じることは、悪いことではない。その結果として良い行いにつながれば、厳しい環境においても社会は住みよくなっていく。






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この記事へのコメント

2019年11月03日 00:59
こんばんは


なるほど。
そういう後ろめたさなんですね。
2019年11月03日 22:10
>「うしろめたさ」を感じることは、悪いことではない。その結果として良い行いにつながれば、厳しい環境においても社会は住みよくなっていく。<
その通りですね。
この言葉を忘れに行きますね。